今この瞬間
こうした事態になるということを1年前に聞かされていたとしても、この危機的な状況は想像できなかっただろうと思います。今はその真っただ中で、さまざまなレベルの多くの人が大変な事態であるとわかっています。しかし、再生と変革のための絶好の機会だとも思うのです。デザインの世界では、制約は機会なので、デザイナーに扮してデザイナーのように考えることが必要ではないでしょうか。現状は制約が多すぎて、機会を捉えるのは難しいかもしれません。しかし、世界は変わりつつあります。必ず前向きな方法で変わっていくと思います。
穏やかに
ひとつ気が付いたことは、私は日々のニュースからネガティブな影響を多大に受けているということです。そこで、友人の言う「メディアディスタンス」を実践してみました。とても効果的でした。それ以外にも、時間と場所と状況を忘れて、絵を描きクリエイティブに考えることも有効でした。また、時間を割いて、大切な人のリストを作ってメッセージを送ることも良いことがわかりました。
つながる
私は、友人のマーシャル・ゴールドスミスが主宰するMarshall Goldsmith 100 Coachesのメンバーのひとりです。感染が拡大し始めてすぐに、彼は会話を希望する人やコミュニティのメンバーに毎日電話をかけ始めました。「こうして電話することが誰かのためになるのなら……」と彼は言いました。その言葉に共感して私も思ったのです。「私のコミュニティでも同じことができないものか、Design the Life You Loveで始めてみようか」と。また「誰かのためになるのなら……」という思いでした。15人で始まり、今は50人ほどになりました。毎週水曜日の5時に「バーチャルティー」を開いています。誰かのためになっているかどうかは分かりませんが、おそらく一番救われているのは私自身です。その集まりが私の1週間と日常に意味と目的を持たせてくれていますから。
バランス
いろいろな会話をしました。時間を作ってトレーニングをする人、家族に電話する人、本を読む人、自分自身のこと―瞑想か昼寝をする人。以前は決してそういうことを話題にしなかったし、やってもいなかった人たちです。それでふと思いました。意識的に自分に問いかけるアプローチがあるのではないかと。人生のバランスは取れているか、今日は運動したか、 何か読んでインスピレーションを得たか、友人に電話したか。
笑うこと
何より必要だと気付いたこと、そのひとつが笑うことでした。友人にスタンドアップコメディを勧められました。そこでデイヴ・シャペルを観てみたのです。彼は天才だと思いました。彼はこう言ったのです。「人は物事に近づき過ぎるときがある。それは部屋の中で象と一緒にいるようなもの。象の真横にいたら象だと気が付かない。それが何なのかを確認するには、象との間に距離が必要だ」と。そして彼は、エメット・ティルの事件とその後に起きた公民権運動との関係を語りました。歴史上、この残虐な出来事がなかったら、公民権運動は起きていなかっただろう、違う形になっていたかもしれない、と。彼のすばらしい語りで物事の見方が変わります。深く考えさせられます。今の状況は、象に近づき過ぎていて、良いことが見えていないのかもしれません。
おふたりとも回復されたのですね。仕事に戻られて一番大きな課題は何ですか?
サム: おそらく最大の課題は、私たちのプロセスが想像以上にアナログだということです。図を手描きするというだけでなく、物理的にモノを作り続ける必要があります。その反復プロセスで、デザインが徐々に現実の形になっていきます。工芸の職人と同じように、さまざまな機械や3Dプリンターを備えたモデルショップが必要です。その作業は自宅のラップトップではできません。目指すデザインと機能の均衡が取れるまで、試行錯誤を続け、そうしてようやくデザインの意図をクライアントに提案できるのです。それがデザインプロセスの重要なステップです。
そこで、モデルショップの特性を考慮し、モデルショップに立ち入ることができるのは1日ひとりというローテーション制を導入しました。これによりメンバー全員を守り、地域社会のウイルス感染リスクを減らしながら、このアナログのクリエイティブな活動を継続できます。難しい状況は続くと思いますが、お互いをサポートしながら対応していきます。
スタジオに物理的に立ち入れるのが1日ひとりだけとなると、メンバー同士のその場での有意義な会話ができなくなりまね。それをどう補われているのですか?
キム: 確かに、その場での即座の会話は重要です。サムが言うように、デザインプロセスは間違いがつきもの。間違えることで新たな方向性や改良点が見えてきます。間違いが続いていて、そのうち誰かが潜在的な可能性に気付いたり、さらに読み違えしたりする。そういう会話はスケジュールされたビデオチャットでは簡単に再現できません。良いアイデアはスケジュール通りに出てこなくて、また長い時間をかけた継続的な会話をせずに生まれたデザインはひとつもありません。リモートの在宅ワークでは、定期的に連絡を取り合っていますが、思い立ったときも繋がるようにしています。その場で生まれる何かを捉えて、会話を通して仕事の思考を前に進めています。話したいことは山ほどあります!
今、世界が直面しているこの大きな問題で、人々のデザインに対する見方はどう変わりますか? アフターCOVID-19でデザイナーが解決すべき新たな問題は何でしょうか?
サム: パンデミックが発生してから何度となく、同じような質問を受けています。本来デザインとは、未知なる領域に入ることです。身近な問題を解決しようとする日々のデザインについて話しているのではなく、完全にクリエイティブなデザインの話で、問題の解決というより、機会を提供するデザインです。解決すべき問題は大きいですが、そのほとんどは自らが招いているものです。
クリエイティブなデザインは未知の領域に踏み出すもので、それには勇気が必要です。デザインはリスクを伴うビジネスです。デザインの歴史の中で、ハーマンミラーはリスクを受け入れ、社会の利益につながる未知の領域に足を踏み出し続けています。新たな機会は何か? 狭い空間で健康を維持するにはどうするか? オフィスの目的は本当に、同僚に会って言葉を交わし、話し合うことなのか?
キム: この危機の真っただ中で今、デザインはむしろ小さな形で取り沙汰されています。クリエイティブな人たちが3D プリンターで作った小規模のシールドを提供したとか、PPE(個人防護具)が不足している中で、公に使用できる3Dファイルを一般に公開したとか。必要とされる大きな仕事にデザインが即時性を持って関われるかどうかはまだ分かりません。たとえば、大規模な抗体検査やワクチン接種を行うときに、デザインはどう貢献できるのでしょう。
重大で大規模な需要が急速に高まるときも、デザインが関わると思っています。差し迫った状況でもデザインと関わることは重要です。現在の危機のその先に目を向けると、健康とウェルビーイングに対する意識が高まると思います。それはこれまであまり焦点を当てられていなかったあらゆる状況においてです。デザイナーにとって非常に興味深いものになるはずです。
イタリアの経済が再開して、ミラノの様子はいかがですか?
この辛い状況の中でも、ミラノは美しいです。Music for Hope プロジェクトを思い浮かべます。アンドレア・ボチェッリが復活祭の日曜日に、ドゥオーモ大聖堂の外で「アメイジング・グレイス」を歌いました。ミラノの街とドゥオーモがイタリア国民と世界中の人々を支援するために行ったもので、それはこの国とこの街が誇る芸術の力でした。本当に素晴らしかったです。それがイタリアという国です。
ロックダウン中はどのようにクリエイティブに過ごしていましたか?
私が一番大切にしていたことは、ここにないものに意識を向けるのではなく、状況にどう適応するかを考えることでした。
創造力があれば何でもできます。先日、娘が遊ぶ粘土でデザインのモデルをいくつか作りました。手っ取り早く模型を作るのに、小麦粉に水を加えて練った生地も使いました。
ホームスタジオで、ひとりでプロジェクトに取り組んでいるとき、デザインプロセスに他のメンバーはどう関わっていたのですか?
この期間は、物事にゆったり取り組む機会―時間をかけてデザインを「料理」するような感覚を与えてくれています。今はじっくりと考えて、自分自身に問いを投げかけています。
コンピューターに飛びつく前に、ドローイングを多く行うようになりました。アシスタントには、コンピューターで形を構築するのではなく、研究や実験に集中するように言っています。形を構築する作業は先に延ばすことができますが、知識の習得はいつでもやるべきです。
リモートワークのメリットは?
コミュニケーションが物理的な合図に頼れなくなった状況で、チームは曖昧さを最小限にすることを学ぶと思います。お互いを尊重する気持ちが必要ですが、同時に、誤解を許すことではありません。ふたりの人が同じ単語に異なる解釈をしているかもしれません。そのため、お互いにコンセプトを説明し合うとき、共通の理解が得られるように―同じ言葉を同じ方法で描くように進める必要があります。
同時に、複数の人が同じ目標を描けるとき、そこに強力なエネルギーが生まれ、物理的な距離はそれほど重要ではなくなります。
チームと繋がるために使用されているツールは?
グループチャットで手書きのスケッチをたくさん使っています。リアルタイムで素早いコラボレ―ションが可能です。コミュニケーションのトーンも柔らかくなることに気づきました。
自宅でプロダクティブであり続ける秘訣は?
自分たちが閉じ込められていると思うなら、その思考はすでに誤った方向に向いてしまっています。
犠牲になられた方が大勢いるので、「ステイポジティブ」という表現はあまり使わないようにしています。現状に不満を持つのではなく、現状を理解するように努めることが社会に貢献できる一番尊いことなのではないでしょうか。
この状況を乗り超えられると信じるとき、そこに価値のある多くの機会が見えてきます。自宅で過ごす時間が増えたとか。家族や友人との絆を保つ独自の方法を見つけられた方も大勢います。見方を変えれば、ソーシャルディスタンスによって実際には、人と人との心が近くなっているのかもしれません。
自宅でもプロダクティブであり続けるために日常生活を変えましたか?
ヨガの練習を再開しました。ロックダウン中は体を動かす他のことができないからです。毎日をヨガのような有意義なことで始める習慣を持つと、物事を前向きに捉えられるようになり、プロダクティブでいられます。
アシュタンガヨガのマイソールクラスを10年間教えていましたが、2008年に照明ブランドを立ち上げた1年後に休止していました。当時スタジオは自宅で、家具を簡単に解体して壁に寄せておけるようにデザインしてありました。週2日夜に常連の生徒8人のマットが敷けるスペースを確保するためです。床から天井まで繋がるエンツォ・マーリの棚を自分で組み立てて、そこにあらゆるものを収めていました。私の初期のデザインの試作品とマテリアルサンプルに囲まれてヨガの練習をしていたのです。