モバイルテクノロジーやデジタルテクノロジーが発達した今日、簡単にオフィスもデザインできると思うかもしれません。 ワークスペースは、巨大なメインフレームコンピューターや膨 大なファイリングシステムに縛られる必要はなくなりました。 働く人にとって必要なもののほとんどは、ラップトップコン ピューターやスマートフォンの中に入っています。今やオフ ィスに必要なのは、グループまたは単独で座る場所だけのはず です。
しかし、シンプルなはずのことが、実際のところはまったくそ うではないのが明らかになっています。働く人びとが求めてい るのは、単なるデスクではありません。自分たちの仕事にイン スピレーションを与えてくれる空間、健康に過ごせて、アイデ アが生まれる空間、そして集中作業も同僚との活発なインタラクションもできる空間で1日を過ごしたいと考えているのです。 しかし、働く人のために効果的で最先端を行くオフィス空間を デザインしようとする企業は、次から次へと変化し相反するオ プションに直面しています。
実際のところ、オフィスデザインに関する文献を少し手に取ってみただけでも、働く人とそのニーズについての行き当たりば ったりな見解が目につきます。ある記事が動きやすさを優先し た「フリーアドレス」タイプの職場環境を賞賛している一方1、 別の文献は個室を与えることで安定性が得られると主張してい ます2 。「オープンオフィスの躍進」についての研究を読んで納 得するやいなや3 、「プライバシーの危機」に警鐘をならす別の意見に水をさされてしまいます4。デスクトップコンピューター からラップトップへ切り替えつつある企業の大胆な施策につい て読んだ次には、別の報告書のこんな結論が目に止まるでしょ う。「2020年には、ジェネレーションXとジェネレーションYの 専門職の大多数は、仕事にもっとも必要なデバイスはスマート フォン(またはウェアラブルデバイス)だと考えるようになっ ている」 5 。人びととテクノロジー、そしてワークプレイスをめ ぐる最新の議論を通観してみると、針の振れというよりは大き な振り子の揺れのように変化が起きていることがわかります。
しかし、議論から一歩離れてみると、働く人とそのニーズが年々大きく変わっているとはとても思えません。1年前にはコラボ レーション志向でオープンプランを歓迎した人が、急に、静か な個室を必要とするほど内向的になるものでしょうか?
スタンフォード大学d.schoolのクリエイティブディレクターであ り、スコット・ドーリーと『 Make Space』の共著者であるスコット・ウィットフトは、そんなことはないと言います。
「働く人が求めるものは、変わっていません」とドーリーは語 り、時が変わってもほぼ一貫してワークプレイスに必要とされることを説明しています。「人びとには帰属意識が必要です し、プライベートなエリアも、人と話をする場所も、また自分 のものを保管しておく場所も必要です」。
ハーマンミラーのグローバルワーク部門のディレクター、グレ ッグ・パーソンズはこう語ります。「私たちは次のトレンドは何かと予測することの無意味さに気づき、変わることのないも の、つまり人間の経験に目を転じました。ハーマンミラーは、 人間のオペレーティングシステムのためにデザインをしている のです」。
この「人間のオペレーティングシステム」には、職場環境に関 してはかなり限定された要件があることが明らかになりまし た。「人間に水と酸素が必要なことには、議論の余地はないで しょう」と語るのは、職場環境でのモチベーションを研究して いる、ロチェスター大学心理学科のエドワード・L. デシ教授。 「必要条件は身体にだけではなく、心にもあるのです」とデシ 教授は語ります。
ハーマンミラーによる人間を中心としたワークプレイスへの新 しいアプローチである「Living Office」の一環として、パーソンズのチームでは、アリストテレスからマズロー、そしてより近 年の学者たちが何千年にもわたって学び、研究してきた「仕事 の場で人を動かすものは何か」というテーマを深く考察しまし た。そして、働く人びとには、安心感、帰属意識、自律性、達 成感、ステイタス、目的が必要であることを見出しました。
デシ教授によれば、それらは人間の本能に基づくものです。健康的かつ生産的な生き方をしていくためには、人は仕事の能力に自信を持ち、他の人とのつながりを感じ、自律性を実感して いなければならない、と教授は語ります。「研究では、職場で の自律性を感じていると業績も上がるという結果が出ていま す。自律的に活動している人は、精神的に健康だと言えます」 とデシ教授は述べています。
しかし、さまざまな人びとが、さまざまなタイプの仕事に取り 組まねばならないオフィス環境で、精神の健康が実現するものでしょうか?しかも、同じ人でも場合によっては異なるニーズ を持つということが、問題をさらに難しくしています。静かな 環境で集中しなければならないこともあれば、アクティビティ が必要な場合もあり、コラボレーションに全力を傾けねばなら ないこともあります。これほど多くの一見矛盾する事柄に、共 通の基盤を見つけることができるものでしょうか?
パーソンズは、バランスこそがその答えだと語ります。
もっとも効果的なオフィス空間は、さまざまなタイプの仕事の環境をバランス良くサポートし、同時に、それぞれの仕事に取 り組む人びとの精神的なニーズのバランスも提供しているもの です。「完全にオープンなオフィスは、効果的ではありませ ん」とパーソンズは語ります。「私たちはこれまでクローズドなオフィスに慣れていましたが、それもまた、効果的ではありません。必要なのは両方を適切に配合することです。オープンかクローズか、という問題ではないのです。フォーマルさとイ ンフォーマルさ、一貫性と適応性、統一性、多様性などの間でバランスをとらなければなりません」。
ひとつのオフィス空間の中で、人びとがさまざまなプロジェク トに取り組んでいるときに、完璧なバランスを保つのは難しい課題です。月間売上目標を達成するために電話で営業をかける エネルギッシュなセールスチーム、複雑なコーディングの問題に取り組むプログラマー、そしてビデオカンファレンスでクラ イアントとソリューションをブレインストーミングするコンサルタントには、それぞれに異なる仕事の空間が必要です。
しかし、多彩なワークスペースをひとつのオフィスに組み入れれば、企業はそこで働く人すべてにとって良いバランスを作り出すことができる、とパーソンズは言います。「一貫性が必要 な場合と適応性を重視した方が良い場合を知り、また仕事がオ ープンスペースを必要とする場合とクローズされた空間を必要 とする場合を知るなど、人びとと仕事のバランスをどのように とれば良いかが分かれば、そうした仕事をする場所のバランス を構築し始めることができます」。
個室が並ぶオフィスとも、その反動のようなオープンプランの デザインとも違い、パーソンズとLiving Officeのチームが描くの は、いくつもの異なる仕事のセッティングから成り、働く人が 1日を通してセッティング間を移動することができる、バランス のとれたオフィスです。そこでは、働く人がそのとき必要な仕事や望まれる成果に合わせて、働く場所を決めることができ ます。
ハーマンミラーのチームは、それぞれの目的、性格、アクティ ビティを最大限に活かせる10種類の働き方のセッティングをデザインしました。このセッティングを組み合わせることで、ホ リスティックなオフィス環境を創出できます。たとえば、 「Haven (ヘイブン)」は、集中を要する仕事や、または単にくつ ろいで休むための、プライベートな空間を作ります。「Hive (ハ イブ)」は、コワーキングスペースのような形で、カジュアルな フィードバックやコラボレーションを取り入れながらの個人作 業をしやすい場です。「Clubhouse (クラブハウス)」には、異な るタイプのワークエリアが近接されていて、チームが共に働く ための基地となります。
「休憩が必要な時もあれば、人との交流が必要な時もありま す。学ぶ必要があることもあれば、誰にも邪魔されずソファで くつろぐことが必要な時もあります」と、設計事務所O+Aの代 表、プリモ・オーピラは語ります。O+A は、Facebook、Yelp、 AOLなど、先進的なテクノロジーカンパニーのオフィスデザイン を手がけてきた事務所です。
O+Aでは、目的を持ってデザインされたワークプレイス内のセ ッティングを説明するのに「トポロジー」という言葉を使って います。
「人びとはきわめて型通りの儀式的な行動をとるものですが、 その日の仕事によってまったく違う場合もあります」とオーピ ラは説明します。職場でのある1日を、ある人はコーヒーを取り に行くことから、別の人は同僚とのおしゃべりから始め、また 別の人は出社したらすぐに大きなプロジェクトに集中して取り組み始めるかもしれません。「働く人それぞれが1日を通してそ の時の気分に合った『儀式』を行うためのスペースが充分に確保されるようにしておきたいのです」とオーピラは言います。
“「完全にオープンなオフィスは、効果的ではありません。私たちはこれまでクローズドなオフィスに慣れていましたが、それもまた、効果的ではありません。必要なのは両方を適切に配合することです。」”
— グレッグ・パーソンズ
O+Aのオフィスには大きなオープンプランのエリアがいくつか ありますが、それらは多数のフレキシブルで小さいミーティン グルーム、ラウンジ、電話ブース、ソーシャルエリア、偶発的なミーティングのために廊下に設置されたスタンディングテー ブルなどがサポートしています。以前は社員20人に対して1つ の会議室が適当だと考えられていましたが、O+Aのオフィスに は社員5人から7人に対して1つのミーティングルームがあると オーピラは語っています。こうすることで、会議室の予約を取 ってから集まるのではなく、臨機応変に集まりコラボレーショ ンすることができます。
このようなダイナミックなオフィス空間はますます普及してお り、ビーチバレーのコートやマッサージルームを持つ企業のキ ャンパスで知られるシリコンバレーでは特に増えています。し かし、そのような先進的に見える環境でも、バランスを保つこ とは引き続き重要な課題です。相互の交流を促すための空間を デザインすることができても、そこで働く人が休息を求めて自宅で仕事をするようになってしまうなら、それは成功ではあり ません。レクリエーション用の卓球台が何台置かれていても、 小グループでの会議のために社員がスターバックスに行くよう なら、そのオフィスはきちんと機能していません。
最終的には働く人はオフィスのデザインを受け入れなければな らず、それをどのように使うかは自分で決められなければなり ません。
「理論上は、仕事はどこでもできるのです」と、『Make Space』 の共著者スコット・ウィットフトは述べています。「私たちが デザインした空間で真に素晴らしい成果をあげているのは、 まるで道を歩いているときに偶然出会うように、働く人が互いに出会い、話し、アイデアを交換する場が創出されていること です」。
こうした種類の偶発的な交流は、今日のオフィスになくてはな らないものだとパーソンズは指摘します。
「1950年代や60年代の職場は、人びとを並べて仕事を与えているだけでした。情報は流れ作業で処理され、仕事は反復的でプ ロセス志向で、工場をモデルにしたものでした。今日の職場で は、革新性、新しいアイデア、創造性が重要です。働く人を管 理する方法も大きく変わり、自由と変化、多様性を育むように なっています」。
施設と維持管理の面から見ると、企業にとっては、まとめ買い ができて手入れも簡単な、まったく同じデスクやパーティショ ンをフロア全体に設置する案が魅力的に映るかもしれません。 しかし、パーソンズは、ひとつの空間に異なる仕事環境を配置するほうが実は効率が高いと述べています。
「これまでのオフィスでは、パーティションで仕切った空間が 一人ひとりに用意され、そのうちの70パーセントは使用されて いませんでした。私たちは、人びとはひとつの場所に縛られる よりも動きまわりたいと願っていることに気づきました」とパ ーソンズは語ります。より良く活用されているスペースは、よ り経済的であるというのがパーソンズの主張です。「人びとが本当に求め、価値を置いているものを提供することで、支出を 削減できるのです」。
またオーピラによれば、競争の激しい分野では、柔軟で魅力的 な職場空間には、人材を惹きつけ引き留めるというもうひとつ の効用もあります。
「人びとはこういう環境にいることを楽しんでいます」とオー ピラは語ります。
バランスのとれたワークプレイスは、パーティションがずらり と並ぶ画一的なオフィスや単なるオープンなテーブルよりも、 ずっと多くのニーズを満たすことができます。パーソンズは過 去の画一的なオフィスのモデルを「悪いところはないが、特別 にいいところもない」と評しています。
この間違いは、多くのオフィスに見られます。つまり、ひとつ のソリューションを、すべての社員とすべての部署に適用しよ うとしているのです。バランスは、さまざまな要件を積み上げ て最適の平均値を探すことでは得られません。バランスを構築 するには、多様性を創り出すことが必要です。
「これまで見たケースでは、適当な妥協策を見つけようとする よりも、極端なものを複数共存させるやり方のほうがずっと上 手くいっています」とドーリーは述べています。
デジタルの時代だからこそ、企業は機材やハードウェアではな く、まず人間を優先したデザインを考え始めることができるよう になりました。生物学の授業で学んだように、生きものには皆、 バランスが必要なのです。
- Meghan Edwards 「What Is Authentic Design in the Mobile Workplace?」
『Interior Design』(2014年11月11日) - Jonathan Mahler 「Cubicles Rise in a Brave New World of Publishing」
『The New York Times』 (2014年11月9日) - Marti Trewe 「Is the open office concept really superior? Maybe, maybe not」
『The American Genius』 (2014年11月5日) - Steelcase 「The Privacy Crisis」『360 Magazine』 Issue 68
- Cisco 『Connected World Technology 2014 Report』 Cisco Systems, Inc. © (2014年11月)